もうハーレーはコカさない

奇跡の三点倒立

中型以上のバイクの取り回しってのはなかなか油断ならなくてね。
取り回しってのは、押して歩くことね。

で、バイクの取り回しってのは、バイクを反対側に傾がせたらもうおしまい。
絶対支えられないし踏ん張れないから倒すしかない。
ガッシャーン！
あ～、きっついねぇ～。

自分側に傾ぐ分には何とかなるけども程度ってもんがある。
傾がせ過ぎたら支えきれずにやっぱり倒しちゃう。

でも前進はまだいいのよ。　問題は後進ね。バック。
後ろ向きだから不安定になりがちだ。


俺が物心付いたころからのバイク取り回しでの後進のし方は、両手でハンドル握って腰をバイクに密着して、両手と腰の3点で後方に押す方法。（いや、両手で引いて腰で押すってことか）
自分側に微妙に傾がせながら腰で支えて押すんで、反対側に傾ぐことはない。
手前側に傾がせ過ぎてしまった場合でも、大事に至る前に体勢を持ち直せる。
イザって時はフロントブレーキを掛けることもできる。
後ろを見ながらってのがちょっとキツいってのはあるが、俺はず～っとこのやり方だ。

ところが、

プロがバイクの取り回しで後進する時は、この方法じゃない。
プロってのはショップの人とかね。

プロのやり方は、
バイクの横（左側）に立ってバイクの方に身体の正面を向け、左手でハンドル左側を握り、右手はシートの後ろあたりに手を置く。
左手はハンドルを真っ直ぐにキープする程度に添えるだけで、主に右手側に力を掛けて後進させる。

この方法だと、バイクの後方を見るのが楽ってのはある。
自分の後ろを見るんじゃなく右を向けば良い訳だからねぇ。

でも、バイクをほとんど支えてない状態で後方に押してる訳だし、身体も密着してないから、傾いだ時にフォローが効かない。

「傾がせなきゃいいだけの話じゃん」ってことなのかもしれないが、不安定で不安だ。
さらに、ブレーキに手を掛けてないから、何かの時にキュっと止められない。
まぁプロも傾斜地ではこの方法は使わないけどもねぇ。

プロに限らずフツーにこの方法を使うライダーは多いのだが、俺は頑なに俺の方法でやってきた。
だが、その、プロのやり方は、見た目がスマートってのはある。

プロはみんなそのやり方ってのは、何か俺が思っているより良いことがあるのかも知れないぞ。

ってことで、土曜日にハーレーで出勤する時にちょっとプロの流儀を試してみた。

ウチの玄関前の傾斜地に停めておいたハーレーをまずはいつものやり方で後進し公道へ。
左方向に前進して隣家の前へ。
そこから後進してウチの前に移動し、サドルバッグへ荷物を入れるって段取り。
この、最後の後進をプロのやり方でやってみた。

後ろを振り向かずにバイク後方が見られるのは楽だ。
しかしやっぱり不安定。
傾がせないように結構気を遣う。
何度もやっていれば慣れるんだろうが、俺のやり方から変えるほど良いこともない。

おっと、コースがズレてる。

ちょっと斜めに後進していたのでコースを修正するためにハンドルを微妙に右に切り、方向を修正。

む、これ、ちょっとマズいぞ。

物凄く不安定になった。

絶対ヤバい。 慣れてない奴はこの方法でハンドル切っちゃいかんのだ ということを知った。

ハンドルを真っ直ぐな状態に戻さねば！

こういう場合、一旦止まってからやるべきだったのだ　ということを後で知った。

不安定な状態で後進しながらハンドルを戻そうとしたところ、勢い余ってハンドルは左側に切れてしまった。

後進しながらハンドルが左に切れるってのはつまり、ハーレーのフロント側は車体の右側へ泳ぐことになる訳さ。
俺から逃げるようにね。 そして図らずもハンドルはどんどん左へ切れる。
それは同時に、ハーレーが一気に俺側に傾ぐってことさ。
身体はハーレーからちょっと離れてるし、ブレーキには手が掛かってないから後進を止められない。

ぬぅぉおおおおおお～！ スーパーやべ～！

凍りつく心の周りで妙にクールに対処しようとする冷たい炎が揺らめき、その外側で9,000℃の俺の魂がコロナを舞い上げる。 なんちって何言ってんだ、俺！

とっさに身体を入れようとするも、右ひざがなんとか入った程度。
どうにか支えるのが精一杯で持ち手を変えることもできない。

体勢的に完全に持ち直すのは不可能な状態だ。

ンググ

物事何でも、さっさと諦めて別のアプローチを試す方が良い場合と、最後まで諦めずに粘った方が良い場合がある。
ケースに応じてどっちの方が良いのか見極めるのは困難だが、結局自分で選んだ方は常に正解なのだという信念は、ちっとも決断の助けにはならない。

って、どうしようか迷った訳じゃないんだが、その時の俺にはすぐに諦めて素直にコカすって選択肢は無かった。

でも何しろ重いよ、ハーレーは。
両手で出来るだけ支えてはいるものの、右ひざにハーレーの重さがガンガン掛かってくる。
右ひざだけで支えられないことは分かり切っているが、とにかく出来るところまで支えてダメージを極力小さくしたい。
これはもう、修理に金掛かるとかそういう問題じゃない。 逆に、金掛けりゃ直せるじゃんって話でもない。
「俺のハーレー」に対する思い入れの問題なのだ。

しかしいくら頑張ったところで奇跡なんぞが起こるはずもないのだが

起こったぜ！　奇跡が

まだ微妙に後進しながらの倒れ込みだったのだが、ガガっという音と共に倒れ込みが止まったのだ。

えっ！えぇ～？　どうなってんの？

傍から見た分にはもう完全にコケてる状態、まぁ実際、ほぼコカしてる状態なのだが、なんと！サイドステップ（足を掛けるバーね）が支えてるじゃないか！

あ～り～え～ねぇ～！

前輪・後輪・サイドステップ の3点で支えられてる。他はどこも地面に当たってないのだ！
その時、ハーレー的には三点倒立な気分だったに違いない。（違い大有りだよっ！）

（翌日、洗車の時に調べてみたら、サイドステップじゃなくてフレームのジャッキアップ用のちょっとした出っ張りがアスファルトを噛んで支えになっていたようだ）

早めに諦めてあっさり倒していたら、そこで止まらず、クラッチレバーかタンクかリアウィンカーなんかにダメージが出てただろう。
粘りに粘ったのが奏功し、俺の思い入れが相俟って奇跡を呼んだのだ。


しかしまだ両手でハーレーを支えている状態。
手を離してしまえば完全にコテンっと行ってしまう感じだ。

左手だけで支えつつ、すかさず右手をシートからハンドルに持ち替え、腰を落としてハーレーに密着させて、万全の体勢へ。
本来はハンドルを右側へ目一杯切ってから”起こし”に掛かるのだが、奇跡の支えが外れそうでハンドルは動かせない。
しょうがない、そのまま、

っとぅう～りゃぁ～～～～！

一気にハーレーを引き起こしてサイドスタンドを掛けた。

ふぅ～

この一連の出来事、秒数にして10数秒だっただろう。
我が家の前なのだが、誰も見ておらず、孤独で静かな戦いだった。
この間、俺の身体の中には大量のアドレナリンが巡っていたようだ。
ふぅ～　っと落ち着いた直後、アドレナリンの副作用だか後遺症だかで、下半身に軽く震えが来た。


実に色々なことを学んだ10数秒だった。
そして、とても良い経験になった。
まったく一度もコカしたことがないより良いことだと思う。 しかもダメージ無しだし。

もう金輪際、ハーレーはコカさないぜ。
でもそのために、下半身は鍛えておかないといかんなぁ。


先週まではパンチレザーのライディングジャケットだったが、この日から普通の（薄手の）革ジャンでハーレーに乗った。
ハーレー乗るのは、普通の革ジャンがちょうど良い時期が一番気持ち良い。