エリック・クラプトンモデル
行きつけの散髪屋さんの大将から、水牛の角製の、使わなくなった古い櫛を貰った。
歯に欠けは無いが、背中は抉るように削られている。
櫛を添えつつハサミでチャカチャカやってるうちに少しずつ少しずつ削れて、こうなるんだな。年季入ってるぜ。
いや、俺が自分の髪を梳かすために貰った訳じゃない。
ギターピックを作るためだ。
数ヶ月前の話。
散髪屋さん行って、いつものように大将や奥さんと世間話をしていて、お互いの娘の話になった。
ウチは中学生になり、吹奏楽部に入ったって話。
大将のとこのお嬢さんは高校生になり、未経験ながら軽音楽部に入り、ギターを始めたって話。
そこかられこれあって、ピックの種類や材質などの話になり、俺はべっ甲製を使ってるけど、昔、水牛のツノ製のピックを使っていて気に入っていたが、割れてしまったという話をした。
「べっ甲や水牛の角ですか? 私らが使う櫛と同じ材質ですよ」
そこから、使わなくなった古い櫛でピック作りますか?残ってるものがあったら差し上げましょうか? という話になり、いただいちゃったという訳。
べっ甲の古い櫛も残ってると思ったんだけど、合成素材でした ってことで、水牛の角の櫛一本。
作ったピックの内の一枚はお嬢さんに差し上げますって話だったんだけども、「娘の分は気にせず、ご自分の分だけ作ってください」と、手渡してくれた。
そんなこんなで、水牛の角製の櫛でピック作り。
みなさんご存じないと思うが、俺は昔、エリック・クラプトンのお抱えピック職人だったんだぜ。
なんてウソっさ♪
作りたい形と同型のピックのフチにマスキングテープを貼って、櫛に当てて油性マーカーで型取り。
結構大きめの櫛だが、2枚分しか取れない。
電動ドリルにフレキシブルシャフトを付け、先端にミニルーター用のカッタービットを装着。
こいつを使えば楽勝で切り出せるぜ。 ウィィィィイイイイイイイン・・・・・
と思いきや、緩んだネジを絞めつけていたら、カッターを固定するビスが折れた。
仕方なく、糸ノコで地道に切断。結構硬い。
天然素材なもんで場所によって硬さがまちまち。
なんとかかんとか切り出した。
切り出したモノを160番のサンドペーパーで大まかな形を揃える程度に荒削り。
こんなに厚い。
ピックにゃ厚過ぎだろって? いや、俺が作ろうとしてるピックはこれくらいでちょうどイイ。
ここでちょっと細工。
ピックを持つ時に親指がフィットするように、彫刻刀を使って大きなクレーターを穿つ。
クレーターの下端の裏側には太めの溝を掘る。 この溝は人差し指の引っ掛かりになる。
これにより、スーパーナイスなフィット感とホールド感が得られるのさ。
通常のピックにはこういった細工は無い。
つっても俺が考案したものじゃない。 昔使ってた水牛の角のピックがこういうピックだったんで、記憶を頼りに作ってみたって訳。
ちなみにそのピックは『エリック・クラプトンモデル』ってやつだった。 あ、これは本当。
途中でギターを弾いてみて按配を確認。削って調整。また確認。調整を繰り返す。
弦に当たった時の少しくらいの引っ掛かりは、最終的な研磨で無くなるので無視する。
サンドペーパーの番手をさらに上げて磨きのプロセスへ。1200番で磨いてから2000番。
細部まで綺麗にしたら、今度はサンドペーパーから布に切り替え、コンパウンドで研磨。
細かいキズが概ね消えて透明感が出てきた。
仕上げはセーム皮のサンダービットを経てコットンのビットで磨きまくり。
最初の工程からほぼ一日掛けて、はい、出来上がり。
見た目は概ね満足。
次に作る時があれば、もっと綺麗に作れそうだ。
持った時のフィット感やホールド感は予想以上の出来。
実際に弾いてみたところ、これまた予想以上に良い感じ。
通常の薄いピックよりも、肉厚な分、やや甘い音になるのだがそこがまたイイ。
甘い音ながら、厚くて硬いので、気合の一撃も良い感じに表現できる。
素晴らしいぜ!
髪が伸びてきたので、散髪屋に行くことに。
櫛から作った2枚のピックを持って出かけた。
大将は「娘の分はいいですから」って言ってたけど、これは是非とも差し上げたい。
散髪屋に行くと、大将の他、奥さんの姿が見えず、若い娘さんが仕事を手伝っていた。
あら?お嬢さん?
かな~り昔、小4の頃のお嬢さんを見かけたことがあってそれ以来なので良く分からん。
もしかして超童顔な新人だったりして? いや、人雇うほど大きな店じゃないしな・・・
いきなり「お嬢さんですか?」なんつーて違ってたら恥ずかしいので黙って様子見。
順番が来て席に座ったら、ちょうどその若い娘さんは奥に引っ込んだとこだった。
ポケットから2枚のピックを取り出し、大将に見せる。
「あの櫛からピックが2枚できましたよ。ほら」
「え!おぉ~!・・・ 凄いですね!」
「え~っとね、こっちの方が綺麗にできたから、綺麗な方を是非お嬢さんに」
「え!良いんですか? ちょうど今日、手伝いで来てるんです」
「あ、やっぱりお嬢さんだったんだ」
「おーい!」 大将が奥に向かってお嬢さんを呼び出す。
「この方がお父さんの櫛でこれを作ったんだよ」
「わぁ~~~~!凄~~~~~~い♡」
「差し上げますから。どうぞ使ってください」
「え?良いんですか?ありがとうございます」
で、親指フィットクレーターや人差し指の引っ掛け溝の解説。
「あー、本当だ。凄い凄いー」
まぁクセのあるピックなんで、普段使いになるかどうかは微妙だけどね。
「ギター、フェンダーJapanでしょ? 俺もフェンダーなんだよ。 頑張ってね」
「はい!ありがとうございます」
あ~、ええ子やでぇ。 喜んでくれて良かった~。 作って良かったわぁ。
後で奥さんも登場。 ピックを見て驚嘆と賞賛と感謝を告げてくれた。
いやいや、ほとんど俺の自己満足でやってることだし。ハハ。
ま、ほんと、甚だ自己満足的だけども、
お父さんの汗が染み込んでる道具が形を変えて娘さんの元へって、なんかイイね。
逆に、俺の方が、こんな機会をくれたことに感謝したいくらいだ。
また、本当にたまたまお嬢さんが来てて、直接渡せたってのもねぇ。
巡り合わせの妙ってやつだねぇ。
いいお話ですね。ピックなど使い捨てという風潮ですが角や骨などの天然素材やまして手作り品などはずっと大事に愛用したいものですね
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