2011年10月31日月曜日

ギロイストに薔薇を

ベストパフォーマンス賞の行方は

金曜日。久々に仕事を定時で上がり、銀座に向かった。
JR有楽町駅から敢えて裏道を縫って歩く。
長年バイトで通った街だけに愛着があり、あちこち様変わりした中に変わらぬ風景を見つけてはテンションが上げつつ、目的の山野楽器へ。

ギター売り場のフロアの一角がパーカッションコーナーになっていて、そこに目的のブツは置いてあった。

結構デカい。40cmほどもあろうか。 値段は3,150円。 意外に安いぜ。
俺はこいつを手に取り、こいつの活躍を夢想しながらレジへ向かった。

2011年10月27日木曜日

水牛のツノでギターピックをハンドメイドしたぜ!

エリック・クラプトンモデル

行きつけの散髪屋さんの大将から、水牛の角製の、使わなくなった古い櫛を貰った。
歯に欠けは無いが、背中は抉るように削られている。
櫛を添えつつハサミでチャカチャカやってるうちに少しずつ少しずつ削れて、こうなるんだな。年季入ってるぜ。

いや、俺が自分の髪を梳かすために貰った訳じゃない。
ギターピックを作るためだ。


数ヶ月前の話。
散髪屋さん行って、いつものように大将や奥さんと世間話をしていて、お互いの娘の話になった。

ウチは中学生になり、吹奏楽部に入ったって話。
大将のとこのお嬢さんは高校生になり、未経験ながら軽音楽部に入り、ギターを始めたって話。

2011年10月24日月曜日

映画『LE CONCERT』に感動

フランス映画もイイよねぇ


俺のチョー大好きな映画リストに一本追加。

『LE CONCERT』

邦題は『オーケストラ!』

これまた間抜けな邦題だなぁ、おい!
ダメだ。この邦題。 内容に合ってるようで合ってない。
それより何より、ビックリマークがなっちゃない。

さて原題のポスターを見て欲しい。
 『LE COИCERT』

LE ってのはフランス語の男性名詞に付く不定冠詞。
『レ・ミゼラブル』とかと一緒だな。
つまり、フランス語。 フランス映画なんだな・・・と。 フランス語だと「レ・コンセール」って感じ?

(追記)訂正:「ル・コンセール」でした。
LE は ル、LES が レ と発音します と、読者の方からツッコミをいただきました。
良く考えたらレ・ミゼラブルって Les Miserables  そう、複数形でした。
ご指摘ありがとうございました。ムシュー・ディック。

ところが、その後のCOИCERT。 И って何じゃい!?ひっくり返ってるぞ!

2011年10月21日金曜日

ジョブズそしてリッチー,世界を変えた偉人たち

合掌せずにはいられない

いや、俺にとってもスティーヴ・ジョブズさんの訃報はインパクトありましたって。

そりゃ俺はApple派じゃないけども、かといってアンチAppleな訳でもなく、どっちかと言えば、それで飯食わせて貰ってるマイクロソフトの方にアンチなバチ当りな奴で。
まぁマイクロソフトに関しては、その側にいながらアンチチックな勢力がいたからこそ、ここまで大きくなれたって側面もあったりなかったりで。ま、どうでもいいやそんな話。

何にせよ、ジョブズさんは凄い人だったね。

2011年10月18日火曜日

脳神経外科ドクター・ヅラーの診立て

アメンボアカイナアイウエオ

前日の予約で朝一番が取れたのは、症状を聞いた上でなるべく早い時間にねじ込んでくれたのだろうか?

診察室に入り、初対面の医師と挨拶。「おはようございます」 もちろんアイコンタクトを取りながらだ。
次の瞬間、俺の目はほんの僅かに視点が上にズレてロックオンしてしまった。

ぅわっ!? ヅラじゃん!

歳取っててもフッサフサの人も居るけども、そういう人はそれなりの髪型をしてるもんだし、もっと馴染んでる。
こんなにあからさまなミスター・ヅラ-は、東急目蒲線西小山駅商店街の果物屋さんの大将以来だ。

2011年10月13日木曜日

今年最後の夏の日のハーレー

野島公園

息子の激突事故以来、世間的にも身内的にもいろんなことが立て続けに起こったために、ず~っと後回しになっていたトピックを書こうかと。

先日、というか先月、今思うとあの日が今年の夏の最後の日だったんじゃないか?って日、
ハーレーカスタム後のパッセンジャー・ピリオン(後ろに乗る人用シート)の按配の確認がてら、息子を乗せて、八景島近くの海辺の公園に行って来た。

ハーレーの後ろに息子を乗せて走る距離としては今までで一番長い距離。

2011年10月10日月曜日

義父の死と娘のピアノ発表会(後篇)

息子の独壇場

義父の死と娘のピアノ発表会(中篇)からのつづき)

じーちゃんが亡くなった翌日がピアノ発表会でその翌日が入棺その他準備。
身内が亡くなるとあれこれ大変だよな。 俺なんかはどってことないけど。

入棺の時は息子がじーちゃんを見舞った時に折った折り紙のT.レックスやら鯨やら金魚やらを一緒に収めた。
賑やかでいいじゃないか。
その他、じーちゃんの宗派に則ったあれこれもね。

2011年10月7日金曜日

義父の死と娘のピアノ発表会(中篇)

じーちゃんに捧ぐ


義父の死と娘のピアノ発表会(前篇)からのつづき)

親族はそれぞれ思い思いの席に着いた。
じーちゃんはどこに座っただろ? 俺の右隣はず~っと空いてたから、そこに居たのかな?

俺は三脚をセッティングしてビデオを据え付け、さらにデジイチ取り出して準備。
いつもはカミさんがビデオ係なのだが、今日はなんとな~くのノリで、俺がビデオもカメラも扱う感じ。 忙しそうだな、俺。

ちなみに今回の会場のピアノはスタインウェイ。 やっぱカッケーなぁ。

2011年10月3日月曜日

義父の死と娘のピアノ発表会(前篇)

じーちゃんの野望

義父の死と娘のピアノ発表会。2つのテーマで別々にトピックを書くことも考えたのだが、この先ずっとこのこの2つはペアで語られて行くんだろうと思い、一緒に書くことにした。


先週末、翌日に娘のピアノ発表会を控えた金曜日の夜半前、カミさんの父上が亡くなった。
床に就くもまだ眠ってなかった娘にカミさんが事情を話し、車で出かける。
途中で義母をピックアップ。
心の準備はできていても、いざとなると動揺してしまうものなんだろう。
「脚が震えちゃって・・・」 覚束ない足取りで車に乗り込んだ。